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日本企業のパーパス制定の現状についてのご研究:金沢星稜大学 野林晴彦教授

ここ数年の日本企業でのパーパス策定ブームを受け、2020年より、SMOで毎年 パーパス策定済みの上場企業の数とその文言を調べ上げている「PURPOSE STATEMENT LIST」。経営理念のご研究を専門とされている金沢星稜大学の野林晴彦教授より、この資料を使って、組織学会 AAOS Transactionsに「日本企業のパーパス制定の現状-経営理念との関係に着目して-」を査読論文として発表されたとのご報告をいただきました。さっそく、オンラインインタビューでその詳細をお聞きすることになりました。


 

齊藤:本日は、経営理念、そしてパーパスに特化したご研究を進めていらっしゃる野林教授にお話しを伺えるということで、楽しみにしてまいりました。後ろに私の著書を飾っていただいて、ありがとうございます!どうぞよろしくお願いいたします。まずは先生のご経歴をお聞かせください。



野林:1988年、理系の大学を卒業して大手製薬会社に入社しました。営業から始まり、マーケティングや事業推進、支店の業務などもしておりました。

ちょうど私が入社した時に、三代目の新しい社長が就任され、新しい動きをしていかれたんです。入社から二年目に、それまであった創業者の創業精神を、理解しやすい内容にしたものが、新しい企業理念として公開されました。そこで新たな経営理念が浸透していく様子を社員として体感したのです。

数年後、国内MBAに企業派遣留学をした時に、その会社での経験をもとに、経営理念の浸透に関する研究(修士論文)をしました。(野林晴彦・浅川和宏(2001)「理念浸透「5つの策」--経営理念の企業内浸透に着目して」、『慶応経営論集』、第18巻第1号、 37-55.)


留学修了後、会社に戻って、理念浸透・人材育成の部署に配属され、野中郁次郎先生の知識創造理論を取り入れて経営理念を浸透する業務に就いたんです。今度は経営理念を浸透させる立場になって、面白さと大変さも経験しました。その後さまざまな職務を経て、早期退職制度に応募、退職し、研究職に就いて、教員になって、今、三校目におります。


齊藤:製薬会社のあと、学問の世界に入られたということですが、最近は企業から転身される教授も多いのですか?


野林:多いですね。特に経営学科などには。私が親しくしている経営理念を研究している先生方、例えば、帝塚山大学の田中雅子先生、広島経済大学の瀬戸政則先生、岐阜大学の柴田仁夫先生など、企業に勤めておられたり、様々な別の仕事から研究職・教員になった方が多いです。



急激に増えたパーパス策定と、そこから得られる示唆


齊藤:そして、今回は経営理念というテーマの中でも、パーパスについての論文を発表されました。こちらを書くことになったきっかけは何だったのでしょうか?


野林: 日本マネジメント学会の経営理念研究部会というのがありまして、2020年に経営理念についての研究報告をさせていただいたところ、幹事の先生より「最近は“パーパス”が世界で流行している。どう思うか?」と質問されて興味を持ち、パーパスに特化した研究をスタートしました。SMOで作成されたパーパスステートメントリストを参考に、この研究を進めているタイミングと並行して、2021年は日本のパーパス元年とも言えるほど、パーパスを掲げる企業が増えていったというわけです。


齊藤:弊社の資料を使っていただいて、ありがとうございます。リストを見ていただいて、何か直感的に思われたことはありましたか?


野林:こんなに急激に増えてるのか!っていうのが 1 つですね。御社の資料にもある通り、2022年度版から2023年度版にかけては91社から164社と。


この論文での資料は、22年5月までのデータなので、その(22年から23年にかけて増えた)数字が反映されていないのですが、2020年から21年にかけてのこの辺りから急激に増えてきてますね。



それと、もう一つ注目すべきが、2018年に制定している4社です。これらが、東芝とジャパンディスプレイとオリンパス・・・株主や投資家に対して非常に敏感な企業が、非常に早い時期にパーパスを制定したのではないかということが言えませんか? 海外ですでに始まっていたパーパスの動向に注目をして、敏感な企業が株主投資家の人たちの反応を見て取り入れたということが言えるのではないかと。そして日本の東証プライム企業も2021年にこんなに急激に反応せざるを得なかった。それは、今ESG 投資も含めて投資家、株主の目が厳しくなってますよね。そこで多くの会社がどんどんパーパスを掲げ始めたんじゃないだろうかと。


齊藤:良いご指摘をありがとうございます。その他に何か感じられたことは?


野林:各社でのパーパスの体系的な位置付けを見ると、パーパスを最上位として据えている企業が多い印象ですが、そもそも今までの経営理念を残しながら新たにパーパスを追加した会社と、一方で全く昔の経営理念を捨ててパーパスだけを打ち立てた会社もあった。この 2 つの特徴がはっきりしたのが、この研究で見えてきたことかなと思っております。

その2つの流れの中で、後者、つまり前の理念をそのまま残しながら、パーパスをそこに追加する企業が増えていて、パーパスっていうものを入れなきゃいけないから入れているような印象さえあります。それはやっぱり投資家の目かなと。世の中的にパーパスやSDGsとか、社会的な意味合いが大きいニーズに対応しようということしたのかな?というような気がしております。


齊藤:株主総会までに何とか作りたいとか統合報告書に載せたいとか、きっかけとしては良いことだとは思うんですけれども、そのためにやるの?っていうのは疑問が残りますよね。本当に自分たちの会社の存在意義っていうのを明らかにするためにやるんだったらいいんですけども、投資家のためだけにやるんだったら、それはやらない方がいいんじゃないですか?っていうのは私たちもはじめにお話させていただくんです。


野林:既存の経営理念が良く浸透している場合、新たなパーパスが制定されると、反発を招く可能性もありますので、既存の経営理念がどの程度浸透しているかが重要になるのではないかと考えます。日本企業は何らかしら経営理念を持ってることが多く、十数年前の研究で、東証一部で 7割以上の企業が経営理念に相当するものがあるというデータがありますが、実際はもっとあるような気がします。従来の経営理念を上手く残しながら、その延長で新しいパーパスを据えるという形に繋がっていくところも多いようです。 

 

一方で、例えば富士通さんやソニーさんのように、今までのものを捨てて、新しいパーパスを掲げたところは、会社が変わらなきゃいけない変革のシンボルとして、パーパスを掲げて、それを全面的に押し出していくパターンが多いかと思っております。




効果的な浸透活動とは


齊藤:各企業のパーパスの文言もご研究されているかと思いますが、文言化についての示唆はありますか?


野林:もちろんそのパーパスに限らず経営理念もそうですが、その内容自身がわかりやすく、共感を得れなければいけないっていうのは第一前提、その中で、入りやすい言葉は良いですが、それを共通語としていくためには解釈が必要になってきますよね。なので、みんなが納得できる言葉であることが第一だということと、それをこういう意味なんだよね。って、みんなが共有できるような仕組み&仕掛け作り ーいわゆるパーパスの浸透ですね。経営理念も、ただ言葉として掲げるんじゃなくて、それを見て自分ごとに落とすような作業が行われないと、なんか壁に貼ってあったよね、社長がなんか言ってたよね…で終わってしまうような気がします。なんらかの仕掛けなど浸透施策が大事ですね 。


齊藤:仰る通りだと思います。やっぱり浸透が重要っていうのは、我々もそう強く思っています。でも実際そこはすごく難しく、終わりがない、やり続けなくてはいけないっていう中で、先生は実際に浸透にも関わってこられて、効果的だと実感された浸透活動はありましたか?


野林:私が体験したのは一社だけではありますが、それぞれ自分たちの部署で会社の経営理念、いわゆる顧客(=患者さん)を大事に考えよう、という考えを、自分たちで何か活動できないかというのを1年くらい毎年プロジェクトとしてやるわけです。それを部門ごとに発表会をして、さらに良かったものが、海外の子会社も含めて社長とか役員の前で一年に一回発表して、優秀な物は報告で表彰され、ホームページに載るというような活動でした。


齊藤:社長とか会長など、トップの発言からの影響についてはいかがでしょうか?


野林:経営理念の浸透は私の体験で言っても、新しい企業理念を立てたのはトップでしたので、トップが旗を振ってそれをやって、積極的に全国のネットテレビの中継や様々な集会で、説いて回っていましたのが印象的ですね。経営理念の研究者と話をしても、トップが真剣じゃないと本気じゃないと理念って浸透しない、組織は変わらないと言っています。もう一つは、間に立つ人、ミドル層のマネージャーといった人たち。場合によっては伝道師と呼ばれるような人たちの存在ですね。将来の役員候補を呼んで経営理念の話をしたり、それに対する何かをやることによって、その人たちがそれぞれの部署でその理念というのを伝えていくことも、自分が浸透活動に関わっていた時は特に効いていたと思っています。


齊藤:やっぱり我々も、社長・会長のコミットと、それを伝えていく中間管理職が一枚岩になってないと、なかなかうまくいかないとお伝えしているのですが、それを研究者であり実際にご経験もされた先生に言っていただくと本当に嬉しいです。


今回のご研究の中には、社長就任のタイミングと、パーパス策定のタイミングについての資料もありました。


野林:はい、社長があたらしく就任して2年以内に掲げているところが多く、新社長就任から2年以内が43%、3−5年が26%という、実に約7割もの会社が社長交代のタイミングから5年以内でパーパスを発表したということになります。

自分の方向性を示すのにパーパスを活用して、自分の色にしたいということなのではと思います。

ただ、その代が終わるとその理念がなんとなくうやむやになり、次にまた新しいものが出てきては、その繰り返しで、その理念が継承されないケースも多くみられます。




齊藤:継承されていかない問題もありますが、逆に継承にこだわってパーパスを打ち出しにくい、反発を招く、というケースがあるというお話も先ほどされていました。


野林:あまりに偉大なトップが掲げた経営理念は、あとが変えられない。変えにくいから仕方なくあとからいろいろ付け足しているようなところもあり、そういった企業が、いつパーパス一本として舵を切っていくのかは個人的に注目していますね。パーパスって最上位に来ることが多いので、その関係性のところはなかなか難しいでしょうけど、ステークホルダーから見たら、トップが新しいパーパスを掲げたということになれば、変わろうとしてるというところが見えるんじゃないかなと思います。


齊藤:SMO でパーパス策定のお手伝いをする時、既存の経営理念との関係性をどうするのかは当然議論するのですが、特に歴史が長い会社だったり、大きな財閥系の会社だったりすると、これはいじれないよねっていう前提になるケースが多いですね。


野林:かなり工夫・苦労されてるなっていう感じは今回の御社のステートメントリストを見た時も感じました。パーパスというものを何らか組み込んでいかなきゃ!という焦燥感があるというか。


齊藤:パーパスがないと乗り遅れる!といって、今の時代の気分とか、人々の感じ方も取り入れながら、歴史も大切にしつつ・・・


野林:そう、再解釈は行われたりしますけども、表現自身も古くなったりしますし、難しくてね。



経営理念という曖昧な概念を明確化


齊藤:ありがとうございます。では、最後に、先生のご研究のパーパス、ご自身のパーパスについて、ぜひお伺いできればと思います。




野林:はい、私自身の研究テーマは経営理念ですが、パーパスも含めて、経営理念って一体何なんだと、非常に大事だと言われておりながら、あまり学問的に明確になっていない。なぜかと言うと、価値を含む非常に曖昧なものだからだと思うんです。これを少しでも明確にして、活用していただきやすい形にできないかと思っております。パーパスがどのような流れで日本に来て、それが企業の中に本当に入っていくためにはどうしたらいいかということも考えてみると、日本でもともと経営理念という言葉ができたのは戦時中でしたが、それが1960年代になってようやく、社会的責任論から、経営理念という言葉が普及していったわけです。その後 80-90年代に戦略論が出てきて、ビジョンとかドメインという言葉が出てきて、1990年代からはミッション・ビジョン・バリューが導入され、ミッションマネジメントという言葉も流行りました。その同時期に CSR・CSV、2010年以降サステナビリティが伝わって、そして今2020年代になってパーパスとなっている。経営理念という概念自身が、どんどん広がっているような気がしております。こういう時代の流れもさらに明確化して、今の企業の中で経営理念、どういう風なパーパス・経営理念だといいのかっていうのを更に調べて、本当に微力ですけれども企業の皆様のお役に立てていきたい、なんていうことを考えております。

(参考:野林晴彦『日本における経営理念の歴史的変遷―経営理念からパーパスまで』、中央経済社、2024年3月発行)


齊藤:ありがとうございます。企業活動の最初はやはり社会的責任からだったはずであり、それが言葉は違えど、パーパスとして今求められてるのってそういうことですよね。結局ぐるっと戻ってきたなっていう印象がありますね。


野林:そうですね、まさにそうだと思いますし、それを推進をして来られたのは当時の企業であり、経済団体であり、御社のようなコンサルタントや、ビジネスのマスコミの人たち、そういう人たちが素晴らしい推進をしてきて、今の形になってるということなので、パーパスという考え方、その社会的な大事なところを広めつつ、実際の企業に伝えられることが研究できればと思います。研究者は後から追っかけていくだけで…本当にそうなんですよ。色々、教えていただければと思います。


齊藤:ぜひ、引き続きいろいろディスカッションしつつ、お話伺わせていただけたら嬉しいです。本日はありがとうございました。


野林:こちらこそありがとうございました。




 

野林 晴彦(のばやし・はるひこ)

金沢星稜大学経済学部経営学科教授


慶應義塾大学大学院修了(MBA)、滋賀大学大学院修了(博士、経営学)。

製薬会社で26年勤務の後、九州国際大学経済学部、北陸学院大学短期大学部勤務を経て2022年より金沢星稜大学経済学部経営学科教授。 


研究テーマは経営理念、パーパス。

著書として、『日本における経営理念の歴史的変遷:経営理念からパーパスまで』(中央経済社、2024年3月)。また主な雑誌論文として「理念浸透における理念内容と浸透策、浸透度、成果 : 企業組織を対象としたマクロレベルの実証研究」(経営戦略研究、2015年)、「日本における経営理念概念の変遷と機能変化」(経営哲学、2019年)、「『経営理念』という言葉の原義に関する一考察 :「理念」という言葉の誕生・普及から、『経営理念』の始まりまで」(経営倫理学会誌、2022年)、「『表象としての経営理念』に関する理論的検討」(経営哲学、2023年)など。


 

ご研究の元資料となったPURPOSE STATEMENT LIST」はこち





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